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ぐるっと!世界の映画祭

ドキュメンタリー映画関係者から高い評判を集めるトゥルー/フォールス映画祭

ぐるっと!世界の映画祭

【第82回】(アメリカ)

 インターネットの発達と同時に新たに生まれた“フェイクニュース”問題。その真偽を見極めたいとする人たちの需要の表れでしょうか。ドキュメンタリー業界が今、活況を呈しています。日々“フェイクニュース”の言葉が飛び交うアメリカで、ミズーリ州の第4の都市コロンビアではまさに「真実か、否か」をタイトルにしたトゥルー/フォールス映画祭が急成長を遂げており、第16回(現地時間2019年2月28日~3月3日)を迎えた今年は伊勢真一監督『やさしくなあに ~奈緒ちゃんと家族の35年~』(2017)が日本映画として初めて選ばれ、『シリア・モナムール』(2014)や『セメントの記憶』(2018)など野心的な作品を配給しているサニーフィルムの有田浩介さんが日本の映画会社として初めて参加しました。その模様を有田さんがリポートします。(取材・文:中山治美、写真:有田浩介、トゥルー/フォールス映画祭)

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レボリューション
オープニング・フィルム『レボリューション-米国議会に挑んだ女性たち-』(Netflixで配信中)の上映後、舞台あいさつを行うレイチェル・リアーズ監督。リアーズ監督は地元ミズーリ大学出身でジャーナリズムを専攻した。

トゥルー/フォールス映画祭公式サイトはこちら>>

4日間でチケット約5万枚が完売

ミズーリ・シアター
メイン会場のミズーリ・シアターは1928年開館の歴史ある劇場で、1,200人を収容。現在はミズーリ大学の施設でもある。

 本映画祭のスタートは2004年。マイケル・ムーア監督『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)がカンヌ国際映画祭55周年記念特別賞やアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、全米スペル暗記大会に密着した『チャレンジ・キッズ 未来に架ける子どもたち』(2002)など秀作ドキュメンタリーが続々と誕生する中、地元のアート系映画館ラグタグ・シネマの創設者らが中心となって創設した。インディペンデント映画とメディアアートの、サポートとコミュニケーションの場の形成を図っており、さらに最近は環境にも配慮した運営を使命としている。

ラグタグ・シネマ
会場の一つラグタグ・シネマは、アート系の映画館。元コカ・コーラの工場などに使用されていた建物がリノベーションされた。

 コンペティション部門はなく、4日間で長短編62本が上映され、今年は日本から伊勢真一監督『やさしくなあに ~奈緒ちゃんと家族の35年~』が初参加。本映画祭のフィルム・プログラミング・コンサルタントのアビー・サンが2018年に開催された第11回台湾国際ドキュメンタリー映画祭で同作を観たのがきっかけだという。そのようにプログラマーが世界各国のドキュメンタリー映画祭で発見した選りすぐりの作品がセレクションされているのが評判となり、参加者も年々増加している。

クラフト・ビア
地元のクラフト・ビア・セラーのダンガリーが協賛しているのでビールは飲み放題。

 「上映作品のセレクションの比率は、前年11月に開催される国際ドキュメンタリー映画祭アムステルダム(IDFA)と、直前に開催されるサンダンス映画祭のドキュメンタリー部門に選出された作品がそれぞれ20%、ヴィジョン・デュ・レール国際映画祭(スイスのニヨン国際ドキュメンタリー映画祭)、ロカルノ国際映画祭など欧州のアート系映画祭で上映される作品が30%、さらにカンヌ・ベネチア・ベルリンの世界三大映画祭で紹介されていた作品が5%、そして本映画祭がワールドプレミアとなるアメリカのインディペンデント作品が15%といった割合でしょうか。そんな良質な作品を目当てに、全世界から人口約12万人の街に映画関係者など4日間で2万人以上が集まります。平日から参加しているのはコアなドキュメンタリー映画ファンや、全米で活動する批評家や映画祭ディレクターといった映画関係者、そして学生です。会場は徒歩15分圏内に集約されていて、9つの会場ではほぼ全回ソールドアウトとなり、その数は約5万枚(第2回のチケットセールスは6,500枚)というから驚異的です」(有田さん)

 アメリカの多くの映画祭が国の助成や公的機関に頼らず、民間企業による協賛や寄付で成立しているが、本映画祭も同様で、地元企業やレストランも積極的に小口協賛として参加。市民ボランティアの数は900人に及ぶという。

 「映画の上映の前には、プレゼンター/司会者が必ず、ボランティアスタッフに感謝の気持ちを伝えます 。また映画祭はスポンサーの宣伝をするのではなく、一緒に意義ある映画祭を作り上げるというマインドで運営していて、結果的に出資者を健全な形で宣伝できていると感じました。行政や組織に頼らず民間の工夫と努力で作り上げる映画祭だからこそ市民の参加率も非常に高く、市外(または海外)からの参加者のリピート率も高いそうです」(有田さん)

 まさに評価の高さが数字に表れているのだ。  

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出会いは山形・香味庵から

アビー・サン
山形国際ドキュメンタリー映画祭で出会った、フィルム・プログラミング・コンサルタントのアビー・サン。

 本映画祭は日本での知名度は低いが、ドキュメンタリー映画関係者の間では評判は高く、有田さんも兼ねてから気になる作品に本映画祭のクレジットが入っていたことから関心を寄せていたという。例えば毎年、ノンフィクション映画の芸術性の発展に貢献した人に贈られるトゥルー・ビジョン・アワードを授与しているが、過去の受賞者には『くたばれ!ハリウッド』(2002)のブレット・モーゲン監督、『マン・オン・ワイヤー』(2008)のジェームズ・マーシュ監督、『ラッカは静かに虐殺されている』(2017)で製作総指揮を務めたアレックス・ギブニー監督らがいる。

やさしくなあに
『やさしくなあに ~奈緒ちゃんと家族の35年~』で参加していた伊勢真一監督(写真中央)の一行と記念撮影に収まるサニーフィルムの有田浩介さん(写真右から2人目)。

 そんな矢先に隔年で開催されている山形国際ドキュメンタリー映画祭2017(YIDFF)の上映会場で、髪に緑色のメッシュを入れたパンキッシュルックのアジア系女性と遭遇。同映画祭お馴染みの夜の交流の場“香味庵クラブ”で、その彼女に声をかけたところトゥルー/フォールス映画祭のフィルム・プログラミング・コンサルタントであるアビー・サンだったという。

大寒波
映画祭期間中に大寒波が襲撃。最低気温はマイナス19度になった。

 「その時は短い会話でしたが、2017年のYIDFF上映作の一押し作品だったジョアン・モレイラ・サレス監督『激情の時』(2017・ブラジル)を理路整然と批評していて、ドキュメンタリーに対して自分なりの意見を持っている真摯な人だという印象を受けました」(有田さん)

 以降、1か月後にオランダで開催されたIDFAで再会するなどアビーとの交流が続き、トルコの老人ホームに密着したシュヴァーン・ミズラヒ監督『ディスタント・コンステレーション(原題) / Distant Constellation』(2017・トルコ、アメリカ)などを紹介されるうちに、一層、アメリカのドキュメンタリーに興味を抱いたという。

 「アビーに2018年は行けないけど、2019年には参加したいと伝え、その約束が叶いました。日本の映画配給会社の関係者が公式参加するのは、開催以来初めてとのことでした。この映画祭で上映されたアメリカ作品の4、5本は毎年、オスカーのショートリストに入ります。ドキュメンタリー配給者としては、それらの作品と、普段なかなか行けないヨーロッパのアート系映画祭の作品、さらにアメリカからほとんど出ることのない最小規模のインディペンデント作品など、良質かつレアな作品を同業者がいない状況でじっくり鑑賞できることはとてもうれしいです」(有田さん)

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バイヤーの仕事とは?

ランキング表
有田さんの鑑賞作品の優先順位を決めるランキング表。映画祭参加前には必ず上映作品をリサーチする。

 有田さんの今回の目的は、主に良い作品を発掘して日本で公開可能か検討すること。つまり買い付けだ。ただし上映作品は4日間で長短編合わせて62本。1日5本観ても全てを網羅するのは不可能だ。プロはどのように対策を練って映画祭に臨んでいるのだろう。

 「入念に事前リサーチをしました。全作品をリスト化し、限られた情報で数行のシノプシス(あらすじ)を作り、監督名、上映時間、製作年、製作国、セールス会社の情報をまとめたリストを作成しました。その上でプライオリティーを明確に決めて、鑑賞スケジュールを組みました。しかし映画祭なので夜はパーティーがあり、時差もひどいのでスケジュール通りにはいきません。さらに現地での情報や関係者からのオススメで鑑賞予定作品を変更するなど当初の予定通りにはいきませんでしたが、映画祭で16本、帰国後、監督から送ってもらったスクリーナー(試写用映像資料)で4本観ました」(有田さん)

ザ・ホッテスト・オーガスト
ブレット・ストーリー監督『ザ・ホッテスト・オーガスト(原題) / The Hottest August』の一場面。

 その中から有田さんが注目したのは3作品。まずはニューヨーク在住の新進気鋭女性ドキュメンタリー作家、ブレット・ストーリー監督『ザ・ホッテスト・オーガスト(原題) / The Hottest August』(2019・アメリカ、カナダ)だ。

 「変わりゆくニューヨークについての話です。気候、人口、コミュニティー、雇用、金融、個人の夢など、時の経過で少しずつ変容する街の外囲を写真のように切り取り、つづっていく映画です。監督自身の語りや、鏡に反射する自分の姿もワンカット入れていますが、自我に対する美意識などではなく(もちろん、それもあるが)、それらは映画の構成上非常に重要な役割を果たしました。作品で捉えているニューヨークと人々の暮らしはビジュアル・アンスロポロジー(映像人類学)的なアプローチで作られた“現代アメリカの風土記”とも呼べ、それは国営放送が作る風土記とは一風違い、社会学やジェンダー学のフィールドワークや学術的トレーニングに裏付けられた学術的かつ芸術的な観察映画でした」(有田さん)

ア・ワイルド・ストリーム
ヌリア・イバニェス・カスタニェーダ監督『ア・ワイルド・ストリーム(英題) / A Wild Stream』(2018・メキシコ)の一場面。

 2作目は、今年のトゥルー・ビジョン・アワードを受賞したヌリア・イバニェス・カスタニェーダ監督『ア・ワイルド・ストリーム(英題) / A Wild Stream』(2018・メキシコ)だ。

 「メキシコのバハカリフォルニアのある内湾で暮らす2人の漁師を捉えた観察映画です。そこは電気が通らず、トレーラーハウスが1つだけポツンとある、まるで砂漠かと思わせるほど何もない場所。そんな(電気の供給を受けない)オフグリッドな地で、淡い青色の美しい海で暮らす2人の漁師をカメラは追います。2人の関係は愛らしく、暮らしは素朴で和やか。膝下くらいの浅瀬で小魚を追いかけるシーンには温かい微笑みがあふれ、世俗から外れた彼らの自由な暮らしに憧れを抱き、悠久の時を感じさせられます。緩やかな時の経過を見事に捉えたドリーミーな作品は、アメリカのフィルム・コメント誌が選ぶ“2018年ベスト未配給作品”にも選ばれています」(有田さん)

 そして最後は、2017年のキネマ旬報文化映画ベスト・テンで3位に選ばれたほか、韓国のDMZ国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞を受賞した、伊勢監督『やさしくなあに ~奈緒ちゃんと家族の35年~』だ。

 「ドキュメンタリーが時の経過を記録するものであるなら、まさに時の経過を記録した名作でした。映画は、伊勢監督の姉の長女・奈緒ちゃんを35年間記録したヒューマンドキュメンタリーです。幼少の頃よりてんかんを持つ奈緒ちゃんは、お医者さんから長くは生きられないと言われていました。伊勢監督の家族を見つめる眼差しは優しく、35年という歳月は言葉では言い表せないほど貴重なものでした。上映後、満席となった300人の会場に向けて伊勢監督は、用意していた手紙を読みました。その最後、『目まぐるしいほど時の流れが速い時代において、35年という月日をゆっくり感じて、人に優しくなることの意味を考えてください』と語りかけると、観客からは深い感動のため息と、鳴り止まない大きな拍手が巻き上がり、その瞬間、自分も感動で涙があふれ出ました。この映画を日本ではなくて、遠く離れたコロンビアで観ることができて本当に良かったと思いました」(有田さん)

 なお、本映画祭での上映作品は、毎年3月にニューヨークのIFCセンターで発表される、ドキュメンタリー関係者にとっては重要かつ名誉な賞、シネマ・アイ・オナーズ(Cinema Eye Honors)の選考対象となる。

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感動したら寄付を!

オリジナルTシャツ
デザイン豊富な映画祭オリジナルTシャツ。こうした物販の収益も、大事な映画祭の運営費用となる。

 各映画祭では製作中の映画の出資者・会社を募るファンドを設けているところが多いが、本映画祭が2007年から実施しているトゥルー・ライフ・ファンドの場合は一味違う。観客のノンフィクション映画の製作費と主題への意識を高めてもらおうと行われているもので、映画祭側が毎年1本、対象作品を選出。映画に共感した人は会場やインターネットを通して寄付するというシステムだ。今年の作品は、アフガニスタンのタリバン政権に命を狙われ、亡命した家族のドキュメンタリー、ハッサン・ファジリ監督『ミッドナイト・トラベラー(原題) / Midnight Traveler』(2019・アメリカ、イギリス、カナダ、カタール)だった。

ダウンタウン
アメリカ中西部らしいコロンビアの小さなダウンタウン。

 「祖国を追われた家族は難民として東ヨーロッパ各所を転々としますが、その都度、差別と暴力にさらされます。安住の地を求める家族の旅を、父であり、映画監督のハッサンが携帯で撮影しています。映画の上映後、スクリーンには1つの電話番号が映し出されます。その番号にショートメッセージを送ると寄付できる仕組みです。 プログラマーの一人が、上映後にこのように言いました。『わたしたちは、人の人生を物語として観させてもらっています。彼らは自分たちの人生をわたしたちにシェアしてくれています。もしわたしたちが感動したら、わたしたちもできる限り彼らに自分たちの持っているものをシェアしましょう』と。ドキュメンタリー関係者としてとても心に響く企画でした」(有田さん)

 ちなみに過去本企画で上映された『追いつめられて ~アメリカ いじめの実態~』(2011・日本劇場未公開。NHK BS で放送)は3万ドル(約330万円。1ドル=110円換算)、ジョシュア・オッペンハイマー監督『ルック・オブ・サイレンス』(2014)には3万5,000ドル(約385万円)、『ソニータ』(2015)には4万3,500ドル(約478万5,000円)が贈られている。その金額以上に、多くの人の応援が力となって作品を後押ししたのは言うまでもない。

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交通の便の悪さも交流を深めるには有効

香味庵クラブのような溜まり場
ラグタグ・シネマに併設されているパブは山形国際ドキュメンタリー映画祭でいう香味庵クラブのような溜まり場で、関係者が情報交換をする。

 日本からアメリカ・コロンビアに向かうには、アメリカの主要都市での乗り継ぎが必要。今回の有田さんの旅程は羽田からシカゴに飛び、そこから1日3便しかない小型飛行機でコロンビア・リージョナル・エアポートに到着。トランジットの時間も含めると自宅からまる丸一日かけての移動だったという。

アメリカの映画関係者たち
映画祭で出会ったアメリカの映画関係者たちと連日ラグタグで情報交換する。(写真左から)評論家のヴァディム・リズホフ(FILMMAKER誌など)、同ジョーダン・クロンク(FILM COMMENT誌など)、ニューヨークの映画館Quad Cinemaの編成担当マイカ・ゴットリーブ、動画配信サイトMUBI編成担当のダニエル・キャズマン。

 「しかも空港にタクシーはなし。空港からダウンタウンまで車で約30分かかるため、“Uber Taxi”を手配しようとしていたら、空港で一緒になった『リーズン(英題) / Reason』(2018・インド)のアナンド・パトワルダン監督が、映画祭が用意してくれた送迎車への同乗を誘ってくれました。パトワルダン監督はIDFA2018で最高賞を受賞したインドを代表するドキュメンタリー作家です。著名監督に話しかけられるのは映画祭ならではの楽しみですし、困った時は皆で助け合いましょうというフレンドリーな雰囲気で旅をスタートさせることができて充実していました」(有田さん)

配給会社GRASSHOPPER FILMの買い付け担当
ラグタグで出会った米インディペンデント配給会社GRASSHOPPER FILMの買い付け担当のマーク・ネムチック。濱口竜介作品のファンで、『寝ても覚めても』のアメリカ配給も手がけている。

 ただし、やはり地方都市ゆえ映画祭会場近くのホテルはすぐに満室。日中はシャトルバスが走っているが夜は23時までなので、Uber Taxi でタクシーを手配するも台数が少ないため捕まえにくいなど難点もあるという。一方で、YIDFF同様、参加者が集まる場所は限定されており、本映画祭の場合は、ラグタグ・シネマに併設されているパプが社交場となり、面白い情報がすぐに入手できたという。

カフェ・ポーランド
「カフェ・ポーランド」のポーランド版餃子ピエロギは、ビーフ、チキン、野菜のミックスセットがおすすめ。

 食事は「アメリカ中西部なので食文化に期待するのは野暮」(有田さん)だそうだが、その中でもオススメはポーランドの家庭料理が楽しめるカフェ・ポーランドと、ハンドドリップのコーヒーが味わえるショートウェイブ・コーヒー。

コロンビア・リージョナル・エアポート
コロンビア・リージョナル・エアポート。

 「ショートウェイブ・コーヒーはラグタグ・シネマから徒歩3、4分の距離で、映画祭の喧騒から離れて鑑賞作品の感想を考えたり、映画祭のカタログを読んだりと、静かなひとときを過ごせました。コロンビアの街自体は、観光地はほとんどありませんが、小さなカレッジタウンと良質のドキュメンタリーだけで4日間を存分に楽しめます。 ただ映画祭期間中は航空券すら取りにくい状況なので、早めの行動がおすすめです」(有田さん)

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Netflixなどの登場で変化するDoc業界

ドリーミング村上
サニーフィルムの新作『ドリーミング村上春樹』は新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAにて今秋公開。(C)Final Cut for Real

 有田さんの映画会社サニーフィルムでは現在、ベイルートの建築現場で働くシリア人労働者の心情をポエティックに描いた『セメントの記憶』が全国順次公開中。さらに今秋には、村上春樹作品のデンマーク語翻訳を手がけているメッテ・ホルムを追ったドキュメンタリー『ドリーミング村上春樹』を公開する。作品を選ぶ基準は何か?

 「一番重要視しているのは、自分がその映画を好きになれたかどうかです。それはストーリー性でも、テーマ性でも、監督でも、被写体でも、マーケット性でも良いと思います。その中で自分の感情に触れてくるものが好きです。美しさや切なさは好きですが、あまり怒りや笑いの感情は好んでいないかもしれません。全体的には静かな作品の中に、明確なメッセージ性を持っている作品が好みですが、映画は出会いなのであまりタイプを決めないようにしています」(有田さん)

アートイベント
会期中は街中でアートイベントも開催。こちらはINVASIVE ALLEYと題された米国のアーティスト、キャリー・エリオットの新作。路地裏を銀の鯉が泳いでいる。

 劇映画同様、ドキュメンタリー映画業界にも変化の波が押し寄せている。ドキュメンタリー業界で影響力のあるIDFAや北米最大のドキュメンタリー映画祭 Hot Docs などは、欧米のテレビ局が出資した作品が評価されてきたという。しかしIDFA2018で最高賞を受賞した『リーズン(英題)』は240分の長尺のインド映画で、業界関係者は大きな衝撃を受けたという。

 「IDFAは昨年から、アーティスティック・ディレクターに作家主義で著名なシリア人プロデューサーのオルワ・ニィーラビーヤが就任し、今後はアジアや中東の作家性の高い作品を推すのではないかと噂されています」(有田さん)

 またこれまでドキュメンタリー映画の公開は限定的だったが、ここでもNetflixなどの動画配信サイトが旋風を巻き起こしており、トゥルー/フォールス映画祭のオープニング作品でもあったレイチェル・リアーズ監督『レボリューション -米国議会に挑んだ女性たち-』(Netflixで配信中)は、Netfllixがドキュメンタリー映画史上最高額の1,000万ドル(約11億円)で配給権を獲得したとDeadlineで報道されている。

 「若い作家がさまざまな特色の作品を作っていますが、Netflixだけでなく、AmazonやHuluなどプラットフォームの台頭も目立ち、今ドキュメンタリーフィルムメーカーは一攫千金を狙っています。これはもはや現象です」(有田さん)

 活況を増すドキュメンタリー業界。そんな中からプロは何を選び、日本の観客に届けたいと思うのか。深読みしながら、公開作を待ちたい。

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