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【最終回】復活!新たなる希望の映画館 シネマネコ

ラジカル鈴木の味わい映画館探訪記

全景
目の覚めるような鮮やかなブルーの建物。国登録の有形文化財をリノベーションして誕生した。

 昭和レトロを町おこしのテーマに、往年の名画の手描き看板が町中に掲げられていた東京都の西端に位置する青梅市。ずっと行きたいと思っていたのだが、2018年それら看板の撤去という残念な報道があった。街の映画看板師さんが亡くなり、新たに描き換えることも不可能になり、また破損や落下の懸念も重なっての処置だった。JR青梅駅に降り立つと、おっ! まだ残っている! 旧青梅街道、住江町商店街の店先や路地に、小さいものが控えめに健在だ。しかし、ちょっと寂しい。そんな状況の中、新たな希望となる映画館が6月4日、半世紀ぶりに青梅に復活!

文化財が映画館に!?

青梅駅
建物自体がレトロな青梅駅。

 かつて繊維の街として多くの養蚕農家があり、にぎわっていた。歴史小説作家・吉川英治の「吉川英治記念館」も元は養蚕農家の建物。「青梅大映」「青梅キネマ」「青梅セントラル」の3軒の映画館があったが、すべて廃館。以降50年、看板はあるが映画館がなかった。だが2018年、映画館復活計画に街が湧き、内外の応援と注目を集める。

 JR青梅線・青梅駅から徒歩15分、東青梅駅からは徒歩7分。奥多摩や丹沢などの山々を望む静かな丘は、青梅織物工業協同組合の敷地。旧都立繊維試験場として使われた鮮やかな水色の木造建築は昭和初期に建てられた、物作りの歴史を感じる国登録有形文化財だ。映画館を復活させるためのプロジェクトへの参加者を募ったクラウドファンディングで、目標金額を見事達成し、耐震・耐火の基礎工事を含むリノベーションの費用に。都内唯一の木造の映画館が誕生した。

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エントランス
広々としたエントランス。

 エントランスは梁(はり)が見える高い天井で開放的。元の壁のしっくいをはがして現れた90年前の木材はとても味がある。大きな窓からはまぶしい自然光。対照的に、場内には最新の7.1ch対応のドルビー、360度スピーカーを完備、レトロ&ハイスペックな対比に驚く。ドリンクホルダー付きシートはフランス・キネット社製、1本観賞したけれど、まったく疲れなかった。シートにも歴史ありで、新潟県十日町市のミニシアター「十日町シネマパラダイス」が閉館し受け継いだもの。数は63席。

 4月に青梅市長を招いて完成式典を行ったが、緊急事態宣言のため仕切り直しで6月1日にオープニングレセプションを開催。市の皆さん、商店街の皆さん、クラウドファンディング参加の皆さん、マスコミ関係者を招き、やっとお披露目となった。

10年前から映画館を作りたかった思いが実現

建物案内図
織物工業協同組合敷地内の登録文化財の案内。

 「延期に継ぐ延期でしたが、好調なすべり出しで、この1か月間、都内だけでなく神奈川や全国から多くの方にお越しいただき、喜びの声をたくさんいただきました。この場所に復活させて本当に良かったと思っています。年間登録の特別ネコ会員も300人を超えるまでに。5回観ていただくと1回無料になるのですが、10回もリピートもしていただいたヘビーユーザーのお客さまもいらっしゃいます(笑)」と語る劇場代表の菊池康弘さんは、青梅出身で市内で焼き鳥などの「火の鳥グループ」4店鋪を経営するチャス代表取締役でもある。俳優を志し、蜷川幸雄さん主宰のニナガワ・スタジオに入所、その後、俳優・上川隆也の付き人をし、NHK大河ドラマ「功名が辻」などに出演の経歴を持つ39歳。

カフェの窓
併設されたブックカフェの窓からの眺め。

 「構想は帰郷した10年位前からあって、映画館を作りたいって、会う人会う人に言ってました。そうしてると、反応してくれる人が現れまして。市街地を活性化させるコンサルタントのタウンマネージャーにここを教えてもらって。敷地内に4つの国登録の建物があり、眺めるだけの文化財ではなくギャラリーや工房、レストランと良い感じに利用されていて、ここも気軽に入れるようにすれば、きっと地元の人たちが喜ぶと確信しました」(菊池代表)

 歴史的文化財が保護され、昔の良さを残しながら新しいものになる。素晴らしい!

 「それまでは配給や興業のことに関する知識はゼロで、何も知りませんでした。各地のミニシアター関係者に多くの助言を仰いで、お話をうかがいました」(菊池代表)

 同様に昭和初期の繊維工場を使った山形「鶴岡まちなかキネマ」(2020年閉館)や、当連載でも取材の元蔵元の埼玉「深谷シネマ」群馬「シネマテークたかさき」などに視察に行った。第一声は「もうからないから、やめたほうがいいよ」と皆さん口をそろえたが、熱意が伝わると、親身になって相談に乗ってくれた。

 「鶴岡まちなかキネマ」のオーナーからは建築費用や運営方法などを聞き、「シネマテークたかさき」の小林栄子支配人には、行政のサポートを受けるノウハウを教えてもらう。「深谷シネマ」の竹石研二館長には、改装にどうお金が掛かって、国や商店街の補助金を集め費用を工面したのかを聞く。また設計図を見せてもらい、映画館づくりの設計のアドバイスもいただいた。

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地元と共に歩む

駅の地下通路
駅の地下通路はギャラリーのようになっていて看板は健在。

 併設されたブックカフェは、映画の書籍や限定グッズなどを販売、そしてこだわりの飲食メニューがある。地元のケーキ店「由香里絵」とのコラボメニューやベーカリー「火打屋本店」のパンを使ったネコ型フレンチトースト、こりゃ名物になりますね。カフェ目的でもお客さんは来そうだ。商店街マップやグルメマップを作ってシールラリーを展開、買い物をするごとに発行されるシールをためるとシネマネコの鑑賞券がもらえる

 7月にはシネマネコ×小澤酒造×田村酒造コラボレーション企画「上映会+トーク・利き酒イベント 映画と日本酒を味わおう!」を開催した。

 「青梅シネマ倶楽部という上映会を主催している団体との企画です。青梅の名物のひとつ酒蔵をテーマに、昔は女人禁制の世界だった酒造りの世界に現在働くお二人に、女性の社会進出も含めて話していただきました。試飲のお酒は出せなくなりましたので、テイクアウトでお土産に持って帰っていただきました」(菊池代表)

小さな看板
街の路地にはお店の宣伝を兼ねた小さな看板が残る。

 大人だけでなく子供も気軽に集える場所にしたいと菊池代表。

 「飲食店を始めたとき、たくさんの地元の方に助けてもらいましたので、恩返しがしたいんです。小中学校の行事や映画鑑賞教室を開いて、子供たちにも楽しんでほしい。先日は地元の小学校6年生の子供たちを映画館に招待して、課外授業を行いました。この映画館を利用して、みんなで一緒に地域活性化するには、どんなことができるかな? って問いかけると、いろんなアイデアを出してくれて、オリジナルのカフェメニューやグッズを作りたいとか、またウチのPR映像を作るとか。子供映画教室として撮影や編集などのワークショップをしてもいいし、地域を回るウォークラリーも計画しています」(菊池代表)

 ここに映画館があれば子供だけでも普段から気軽に来れるし、スクリーンの感動を届けられる。

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宮崎駿監督に直談判

 なぜネコなのか? 蚕の天敵のネズミ除けでネコは縁起が良く、大切にされた商売繁盛のシンボル。青梅はネコの街でもある。オープニングは「ねこ映画まつり」と題し、『猫が教えてくれたこと』(2016)、『ねことじいちゃん』(2018)、『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』(2016)とネコ映画の大特集。特にスタジオジブリのアニメ『猫の恩返し』(2002)は、リバイバル上映は他ではなく、こけら落としとしても初

 「ダメ元で、宮崎駿監督に直筆の手紙を送ると、まさかの快諾を得られたんです。これはジブリさんからのご祝儀と思っています」(菊池代表)

 名画も充実。人気声優が往年の名優を吹き替えるプロジェクト「NEW ERA MOVIES」では『ローマの休日』(1953)、『第三の男』(1949)、『百万長者と結婚する方法』(1953)を上映する。

スクリーン
『第三の男』(1949) 監督:キャロル・リード 出演:オーソン・ウェルズ、ジョセフ・コットン、アリダ・ヴァリ

 「当時看板になっていたような作品も、どんどん上映していきます。当然青梅にはとてもマッチします。年輩の方には懐かしく、若い方には新鮮に、映画館で観ていただきたいです」(菊池代表)

 プログラムはあえて多ジャンル。アート系、ドキュメンタリー、エンターテインメント、音楽ものと幅広い層に向けた内容にしたいという。

 「偏ってしまうと、人口14万人ほどの青梅の劇場は発展しません。平日の午前中に若い人向けの作品を上映しても意味がないし、夜に古い作品を上映してもダメ。土日はお子さんや家族連れの方のためにアニメとか、お客さまの生活のリズムに合わせてチョイスしたいと思っています。映画鑑賞が日常に溶け込むのを目指しています」(菊池代表)

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非日常の中の映画体験

オリジナルグッズ
オリジナルグッズ販売コーナー。

 「自分もなかなか世に出れなかったジレンマを体験してますから、有名、無名に関係なく、優秀な若手監督、クリエイタ-の特集ワクを作ろうと思っています。情熱と才能を持っている人と、評価する人の橋渡しができたらと。海外のように芸術が、商業ベースでなく生活の一部になるように、感性を育んで民度の指数を底上げしたいんです。いずれ、僕自身も企画、プロデュースもしたいですね」(菊池代表)

 現在の映画を取り巻く状況についてうかがうと、「映画鑑賞って1,800円払って貴重な2時間を過ごすというのは、けっこうぜいたくなことです。でも観た作品は、合う合わない、当たり外れもあるかもしれないので、劇場は作品以外に満足度を上げ、来て良かったなと思って帰ってもらいたいと考えています。観るならここでと思わせる映画館づくりを丁寧にやっていけば、ネット配信と劇場は共存するはずです。ここみたいな自然と調和した映画館は都心にはないですよね。是非、非日常を体験しにいらしてください」と菊池代表。

 8月には「聖地巡礼」アニメ特集を企画。『劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2013)や『この世界の片隅に』(2016)の片渕須直監督を招いたトークショーも予定している。

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味わいつくしたい青梅の街

レストラン繭蔵
道を挟んだ向いのレストラン繭蔵。

 「5月の大祭ができなかったり、青梅マラソンも中止で、昨年から暗い報道ばかりですが、シネマネコのオープンは、明るいニュースを提供できたんではないかと思っています。青梅の好きなところは映画館があるところと言ってもらえるような、愛される映画館にしたいです。今こそ映画の力で、泣いて笑って感動して、癒されてほしいです」(菊池代表)

 商店街と一緒に作ったという商店街マップをいただく。わ~、どの景色もセットのような青梅の街は本当に散策しがいがある! シネマネコの向かいにある、やはり文化財をそのままレストランにした「繭蔵」の趣が素晴らしい。石造りの蔵で味わう、特製シチュー! そそられるう~。

映画館情報

シネマネコ
東京都青梅市西分町3丁目123 青梅織物工業協同組合敷地内
TEL:0428-84-2636
公式サイト
Twitter:@CinemaNeko_JP

ラジカル鈴木 プロフィール

イラストレーター。映画好きが高じて、絵つきのコラム執筆を複数媒体で続けている。

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