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ぐるっと!世界の映画祭

意外と敷居が低い!?映画監督から見たベネチア国際映画祭(イタリア)

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今年は『ジャッキー(原題) / Jackie』と『プラネタリウム(原題)』の2作を引っさげて参加したナタリー・ポートマン。“映画祭の華”の登場にフラッシュの嵐。

【第50回】
 本連載記念すべき50回目は、カンヌ、ベルリンに並ぶ世界三大映画祭の一つにして、世界最古の歴史を誇るベネチア国際映画祭。なんとなく映画関係者しか参加できないのでは? と訪問するには二の足を踏んでしまいそうですが、チケットを購入すれば一般の観客も話題作を世界最速で鑑賞でき、かつ、スターにも接近可能。第73回(2016年8月31日~9月10日)を“シネマ・ドリフター”として、ボーダレスな活動を続けるマレーシア出身リム・カーワイ監督がリポートします。(取材・文:中山治美 写真:リム・カーワイ、(C)la Biennale di Venezia)

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会場はリド島に集中

赤絨毯のスターを待つ人たち。観客との距離が近いのもベネチアならでは。
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プレスセンターで仕事をする記者たち。会期中3,000人以上の記者が世界中からやってくる。

 ベネチアで1985年からビエンナーレ(美術展)が行われている。分野はアート、建築、ダンス、音楽、舞台とあり、映画は1932年に創設。これは最古の歴史を誇るが、当初は隔年開催で、第2次世界大戦時代はムッソリーニ独裁政権のプロパガンダとして捉えられていたこともあり、継続して行われている映画祭としては1947年スタートのエディンバラ国際映画祭(スコットランド)の方が最古となる。

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チケット売り場。ネットでも購入可能。

 そんな紆余曲折の歴史を歩んできたベネチア国際映画祭は今もその伝統を受け継いでおり、政権が変わる度に映画祭ディレクターが変わったり、部門や賞の名称も度々変更するので、記者泣かせの映画祭でもある。現在のディレクターは、トリノ国立映画ミュージアムの元ディレクターで、1998年~2002年にも一度、ベネチア国際映画祭のディレクターを務めたことがあるアルベルト・バルベラ。メインコンペティション部門「ベネチア 73」の賞の名称や記念のトロフィーには、ベネチアの守護聖獣である羽の生えたライオンが使用されていることでも知られる。

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メイン会場サラ・グランデでの様子。カンヌ国際映画祭は鑑賞の際にカメラチェックがあるが、ベネチアはご覧のようにおおらか。スターの登壇に、皆が携帯電話やカメラを取り出し大写真撮影大会が行われる。

 日本映画はこれまで、黒澤明監督『羅生門』(1950)、稲垣浩監督『無法松の一生』(1958)、北野武監督『HANA-BI』(1997)が、メインコンペティション部門で最高賞に当たる金獅子賞を受賞。また第62回(2005)には、宮崎駿監督が栄誉金獅子賞を受け取った。

 「来る前は、カンヌ国際映画祭やベルリン国際映画祭同様、とても大きな映画祭かと思っていましたが、ベネチア本島から船で約15分のリゾート地・リド島での開催とあって、意外とこじんまりしているなという印象を受けました。各上映会場も徒歩5~10分ほどで行き来できるので、映画をハシゴするには最高の映画祭ではないかと思いました」(リム監督)。

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『愚行録』チームと深い縁

スポットライトを浴びてスタンディングオベーションに応じる『愚行録』の満島ひかり、石川慶監督ら。
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映画祭のプログラムとリム監督のパス。

 リム監督は今回、第2コンペティション部門のオリゾンティに選出された石川慶監督『愚行録』のスタッフの一員として、「Film Delegate」(作品代表者)のパスを取得して参加した。『愚行録』は作家・貫井徳郎の同名小説が原作で、週刊誌記者(妻夫木聡)が1年前に起こった一家惨殺事件の謎を改めて追うと、意外な真相が浮かび上がってくるミステリー。石川監督は、名門・ポーランド国立映画大学で学び、本作が長編デビュー作となる。

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上映会場に並ぶ人たち。リム監督いわく、物価が高い分、ロカルノ国際映画祭は年齢層高めだが、ベネチア国際映画祭は若い観客が多かったという。

 「石川監督とは2011年にリトアニアで開催された合作映画のワークショップで知り合い、その後もFacebookなどで連絡を取っていました。また脚本を担当した向井康介さんとは数年前、大阪の映画館プラネットプラスワンの上映会で出会い、今年4月にお互いちょうど仕事で北京に滞在していたので、そこでよく会っては呑んで親交を深めました(笑)。そのとき、僕がロシアや欧州を放浪する予定であることを話したら向井さんがすごく興味を示してくれ、『タイミングがあったら、欧州のどこかで会えるかもね』と話していたら、『愚行録』がベネチア国際映画祭に選ばれた。向井さんに一緒に来ない? と誘われたので、お言葉に甘えさせていただきました(笑)」(リム監督)。

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会期中に無料配布される映画祭のデイリーニュースや作品のプレスシートなど。ネット時代になっても、紙の情報は貴重な映画祭の記念になる。

 リム監督はこれまで、『マジック&ロス』(2011)、『新世界の夜明け』(2011)、『Fly Me to Minami~恋するミナミ』(2013)など5作の長編を発表しているが、ベネチア国際映画祭を訪れるのは初めて。今回は『愚行録』の公式会見、フォトセッション、マスコミ取材、そして公式上映と、幸いにもその舞台ウラをすべて体験することができたという。

 「基本的に、どの映画祭でもコンペティション作品は同様のスケジュールだと思います。ただ今回はこれまで気づくことのなかった、映画祭側の演出方法に気づくことがありました。公式上映が終わってスタンディングオベーションが始まったとき、映画祭側のスタッフがさささーっと大きなライトを持ってきて、客席にいる監督・キャストに照明を当て始めたのです。まだ客電の点いていない真っ暗の会場の中、この映画のスタッフだけに脚光を浴びさせる。映画に関わった人たちはきっと、作品を作って、この場で上映できて良かったと、最高に幸せな瞬間を味わったのではないかと思います」(リム監督)。

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映画祭会期中、バーチャル・シアターというイベントも行われた。シュールな光景。

 長編デビュー作をベネチア国際映画祭という最高の場で華々しく世界初上映を行った石川監督に賛辞を贈りつつ、羨望の眼差しで見ていたようだ。「新人監督とは思えぬ職人技で、最良のエンターテインメント作品をも思わせるジャンル映画を撮ったことに驚きました。韓国映画界をずっと見ていた時の、ポン・ジュノ監督を発見した時のような興奮を覚えました。デビュー作でこんな良いスタートを切るなんて、同じ作り手としてかなり羨ましいです」(リム監督)。

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アジアの自主映画パワーを体感

ベネチア国際映画祭でワン・ビン監督と一緒に記念撮影。ワン・ビン監督もベネチア国際映画祭の常連。
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今年、ポーランドのイエジー・スコリモフスキ監督と共に生涯功労賞を受け取ったフランスの名優ジャン=ポール・ベルモンド。授与式を見守ったリム監督も感激したという。

 リム監督は8日間の滞在中、パスを活用してメインコンペティション「ベネチア 73」と、第2コンペティション「オリゾンティ」部門を中心に約30作品を鑑賞したという。 「メイン会場サラ・グランデのソワレと、一般観客だけの上映以外は、チケットを取る必要がなく“Film Delegate”のパスの提示だけでどの会場にもアクセスできました。この数か月ずっと旅をしていたので、久々の映画三昧の日々に興奮しました」(リム監督)。

 その中で、リム監督の印象に残った作品は順に次の通り。

ワン・ビン監督『苦銭(原題)』(香港・フランス)
アミール・ナデリ監督『モンテ(原題) / Monte』(イタリア・アメリカ・フランス)
アマト・エスカランテ監督『ラ・レヒオン・サルヴァヘ(英題) / La Region Salvaje』(メキシコ)
レハ・エルデム監督『ビッグ・ビッグ・ワールド(英題) / Big Big World』(トルコ)
ラヴ・ディアス監督『ザ・ウーマン・フー・レフト(英題) / The Woman Who Left』(フィリピン)
パブロ・ラライン監督『ジャッキー(原題) / Jackie』(アメリカ・チリ)
・Midi Z 監督『ザ・ロード・トゥ・マンダレイ(英題) / The Road To Mandalay』(台湾・ミャンマー・フランス・ドイツ)

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金獅子賞を受賞したフィリピンのラヴ・ディアス監督。ベネチア国際映画祭では第65回のオリゾンティ部門で『メランコリア(英題) / Melancholia』が最優秀作品賞を受賞している。同作も450分の大作だった。

 「自分の気に入った作品のほとんどが受賞につながったのでかなり満足しています(笑)。特にフィリピンのインディペンデント映画界の巨匠ラヴ・ディアス監督が『ベネチア 73』で金獅子賞(最優秀作品賞)を受賞したのは、ある種“事件”ではないかと思います。というのも、おそらく今回選出された『ベネチア 73』の中で最も低予算(制作費は7万5,000ドルらしい※日本円で約750万円、1ドル=100円換算)であり、最も地味な作品。さらに上映時間は226分あります。まぁ、これまで12時間ぐらいの作品を発表してきた彼にとっては短い方ですが(※第67回ロカルノ国際映画祭で金豹賞を受賞した『昔のはじまり』は338分。第66回ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞した『ア・ララバイ・トゥ・ザ・ソロウフル・ミステリー(英題) / A Lullaby to the Sorrowful Mystery』は485分!)。その彼に賞を与えたのが、今や『007』シリーズを手がけているサム・メンデス監督を筆頭とした審査員たちというのも感慨深いものがあります。これは第63回カンヌ国際映画祭で、ティム・バートン監督がパルムドール(最優秀作品賞)にアピチャッポン・ウィーラセタクン監督『ブンミおじさんの森』(2010)に与えた時に匹敵するような、映画史に残る事件です。アジアの超作家主義監督は、ハリウッドのスター監督に救われるという、あまりにも皮肉な事態ではあるのですが」(リム監督)。

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赤絨毯でスターの登場を待つカメラマンたち。彼らも華やかな場を演出する一員なので、正装が義務付けられている。

 実はリム監督は12年前の香港国際映画祭で、世界的にはまだ無名だったラヴ・ディアス監督と知り合い、今年2月に香港で行われた映画祭「I ncubator for Film & Visual Media in Asia」のアジアン・ニュー・フォース部門で一緒に審査員を務めたばかり。 「審査会議中、彼と様々な討論を重ねました。その時の印象は映画監督としてではなく、人としても非常に魅力的であるということ。今回は残念ながらすれ違いで会うことはかなわなかったのですが、プレスルームで授賞式の模様を生中継で見ていて、彼が金獅子賞を受賞した瞬間は本当に泣きそうに……。この感激を皆にも伝えたくて慌ててFacebookとTwitterに書き込んだ時、文字を打つ手が震えました(苦笑)」。ラヴ・ディアス監督は東京国際映画祭の常連監督といっても過言ではない。受賞作が日本公開されることを期待したい。

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ベネチアで映画三昧も可能

デレク・シアンフランス監督『ザ・ライト・ビトウィーン・オーシャンズ(原題) / The Light Between Oceans』で参加したマイケル・ファスベンダー。スターは気軽にファンのサインや写真撮影に応じてくれる。これもファンにとっては楽しみ。
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ベネチア国際映画祭前に参加した、スイス・ロカルノ国際映画祭のグッズ。こちらのキャラクターは豹。すべてが豹柄と徹底している。

 リム監督は今回、渡航費は自腹で、宿泊は『愚行録』の脚本家・向井康介の部屋に潜り込み低予算でベネチア国際映画祭を満喫したという。

 「カンヌ国際映画祭は未参加ですが、ベネチア国際映画祭は参加費用が高額になるかと思いきや、意外にもそうでもないように思えました。物価は、直前に参加したスイスのロカルノ国際映画祭の方が断然高いですし、ベネチア国際映画祭でも節約方法はいろいろあると思います」(リム監督)。

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映画祭会場脇にあるシネマガーデン。パニーノやピザ、飲み物を取れる屋台も出ており、食事から打ち合わせ、昼寝(!)など映画鑑賞の合間の皆の憩いの場となっている。「でももう少し、会場周辺に食事を取れる場所があるといいですね」(リム監督)。

 カンヌ国際映画祭は基本的にパス所有者か招待チケットを持っている人しか会場内に入ることすらできないが、ベネチアはプレス試写をのぞいて、チケットを購入すれば誰でも鑑賞可能だ。スターが登壇するメイン会場サラ・グランデのソワレは45ユーロ(約5,175円、1ユーロ=115円換算)と高額だが、基本料金は8~15ユーロ(約920円~1,725円 ※時間帯によって価格が変動)となっている。

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プレスセンターなどが入った「カジノ」から見たリドの海。リド島はルキノ・ヴィスコンティ監督『ベニスに死す』(1971)のロケ地でもある。

 「バックパッカーしている自分にとっては割高ですが、でもこの料金なら日本の一般興行料金より安いのではないかと思います。さらに期間中、自由に鑑賞できる学生パスが50ユーロ(約5,750円)、26歳未満と60歳以上のフリーパスは150ユーロ(約1万7,250円)。その金額で、世界初上映の作品を見られるのだから、映画ファンにはたまらない。ホテルは、ベネチア本島なら1泊35~40ユーロ(約4,025円~4,600円)のゲストハウスも多々あるので、もし時間と経済的な余裕があったら、自腹でもまた参加したいと思っています」(リム監督)。

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授賞式の模様を同時中継のモニターを見ながらプレスセンターで原稿を書く記者たち。受賞結果に歓喜したり、ブーイングしたり。実は結構盛り上がるのだ。

 ちなみに今年は、映画祭に参加するほとんどのスターが宿泊し、取材場所としても活用されるエクセルシオールホテルの宿泊とエミール・クストリッツァ監督『オン・ザ・ミルキー・ロード(英題) / On The Milky Road』(セルビア・イギリス・アメリカ)とアントワーン・フークア監督『マグニフィセント・セブン』のチケットが付いて1泊なら450ユーロ(約5万1,750円)+税、2泊なら800ユーロ(約9万2,000円)+税という宿泊とのパックチケットも販売された。来年、参加を予定している人は要チェック!

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“シネマ・ドリフター”の旅は続く

放浪中にイタリア・カプリ島へ足を伸ばし、作家クルツィオ・マラパルテの別荘を発見。ジャン=リュック・ゴダール監督『軽蔑』(1963)の撮影で使用された映画ファン垂涎の建物なのだ。
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放浪中、ボローニャに立ち寄りフィルム修復工房を見学するリム監督。ボローニャは復元映画祭が開かれることで有名。

 リム監督は今年5月に中国からロシアに入り欧州中を旅するという、“シネマ・ドリフター”の名に相応しい放浪生活を送っている。

 「実はこの数年間、ずっと東アジアを放浪しながら、企画を考えたり、脚本を書いたりするという生活スタイルを繰り返しています。今回はアジアだけではなくて、今まで行ったことがない、自分があまり知らないロシア大陸、東欧州諸国を選んだという訳です。そこにタイミング良く、スイスのロカルノ国際映画祭とベネチア国際映画祭のスケジュールと合ったので参加することができました。『愚行録』の石川監督をはじめ、ロカルノ国際映画祭に参加していた『バンコクナイツ』富田克也監督も、『ディストラクション・ベイビーズ』真利子哲也監督も、自分とほぼ同じ頃に映画製作に取り組んだ友人たちで、彼らの活躍を見ながら自分も頑張らないと! と、刺激を受けました。そしてラヴ・ディアス監督の金獅子賞受賞には、かなり励まされましたね。映画の尺度と製作の制限を解放した彼の映画作りは、低予算で少人数のスタッフでもスター俳優が出ていなくても、最後まで自分が信じるモノを撮り続けるのだ! という勇気をもらったような気がします」(リム監督)。

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リム監督の最新作は今年1月に公開された中国『ラブ・イン・レイト・オータム(英題) / Love in Late Autumn』。日本公開は未定だが、すでにエミレーツ航空など機内で鑑賞可能な路線あり。搭乗した時はチェック。

 リム監督は早速、放浪途中のチェコ・プラハで新作の企画や脚本執筆に取り掛かっているという。次回作が楽しみだ。

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