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1962年8月5日・日曜日ーマリリン・モンロー死去

幻に終わった傑作映画たち

幻に終わった傑作映画たち 連載第2回

ジョージ・キューカー監督×マリリン・モンローの『女房は生きていた』後編

前編「私生活をこじらせすぎたマリリン・モンロー、死までの50日間はこちら>>

 多くの巨匠や名匠たちが映画化を試みながら、何らかの理由で実現しなかった幻の名画たち。その舞台裏を明かす連載「幻に終わった傑作映画たち」の第2回は、マリリン・モンローが死の直前まで関わっていた『女房は生きていた』。モンローは35日間の撮影中、12回しか姿を見せなかった。そのうち使用可能な映像は、わずか7分半。しかし、心身を壊してもなお、スクリーンのモンローは輝いていた。

女房は生きていた
心身はボロボロでもスクリーンで輝き続けていたモンロー Archive Photos / Getty Images
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全裸で泳ぐシーンは、未完の映画としては最も有名なものに

女房は生きていた
20世紀フォックスの撮影所にてモンローが全裸で泳ぐ真夜中のシーンが撮影された。Sunset Boulevard / Getty Images

 【前編「私生活をこじらせすぎたマリリン・モンロー、死までの50日間」はこちら】相手役のディーン・マーティンが風邪をひいたため、モンローは彼との撮影を拒否する。5月23日水曜日は、最も記憶に残る撮影日となった。20世紀フォックスの撮影所にて、モンローが全裸で泳ぐ真夜中のシーンが撮影された。プライバシーを配慮して作られた肌色のボディストッキングは、スタジオの照明が当たるともろバレになって使えなかった。モンローはビキニの下しか身につけていなかったが、それさえも脱いだ。抜け目がないスター自身の提案で、カメラの前ではしゃいでみせる世界一のセックスシンボルを、写真家たちが激写する。フロントページから、当時不倫騒動で注目の的だったエリザベス・テイラーを追い出すモンローの目論見は、まんまと当たった。

 撮影は断続的に続いた。6月1日・金曜日——モンローの36歳の誕生日を迎えるまで。スタッフが「ハッピーバースデー」を歌い、ハッピーバースデースーツ(「バースデースーツ」はヌードを意味する)と書かれたケーキをプレゼントした。これが、モンローの最後の撮影日となった。モンローは35日間の撮影中、12回しか姿を見せなかった。そのうち使用可能な映像は、わずか7分半とされた。

 週末いっぱい、モンローは激しいノイローゼに襲われるアンソニー・サマーズの「マリリン・モンローの真実」には、ラルフ・グリーンソン医師の息子ダニー——絶望したモンローからの電話を受け、ブレントウッドの自宅に駆けつけた——が目にした光景が描かれている。

 「裸でベッドに横たわり、シーツ一枚をかけた彼女は、ローン・レンジャーがしていたような黒いアイマスクを着けていた。それはおよそエロティックとはほど遠い光景だった。この女性は、絶望していた。一日中眠れず、自分をどれほど卑下し、無価値だと感じているかを話した。見捨てられ、醜く、他人が親切にするのは見返りが目当てなだけだと言う。自分には誰もいない、誰も彼女を愛していないとうち明けた。子供がいないことについて触れた。それは、うつ病患者の繰り言だった。もう生きていてもしょうがないともらしていた」

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モンローはインタビューで、名声の移ろいやすさについて語った

マリリン・モンロー
映画『七年目の浮気』 Bettmann / Getty Images

 翌週、モンローの演技コーチ、ポーラ・ストラスバーグがフォックスに電話を入れ、モンローは体調不良で撮影に来られない旨を伝えた。ディーン・マーティンがセットを離れ、撮影は再び中断された。ラッシュを見たキューカー監督とプロデューサーは、モンローのうつろな演技にゾッとなったと伝えられている。6月8日・金曜日、モンローは解雇された。残骸からいくらかでも回収すべく、フォックスはモンローの代役にリー・レミックを立てる提案をした。「彼女に同情すべきかどうか、わからないわ」とレミックは語った。

 「降板されて当然じゃないかしら。映画産業はその手の素行のせいで、足もとから崩壊しかけてる。ああいった振る舞いをする俳優を見逃すべきではないのよ」

 だがマーティンは契約上、主演女優の承認権を握っていた。そして、彼は承認しなかった。プレス声明でマーティンはこう語っている。「私はミス・リー・レミックと彼女の才能に多大な敬意を抱いています……ですが、私はマリリン・モンローと映画を撮るとサインしたのであり、ほかの誰とも撮るつもりはありません」

 1962年6月11日、フォックスはさじを投げ、作品の死亡宣告をした。続いて、訴訟攻撃に転じる。スタジオは契約不履行により50万ドルを支払うようモンローを訴え、代役の受け入れを拒否したマーティンを訴えた。失業したスタッフは、「モンローに感謝する」という皮肉な声明をバラエティ誌に掲載した。それに対し、「彼らの失業は自分のせいではない」とモンローは主張し、それぞれに謝罪した。その後、モンローは数多くのインタビューを受けはじめ——露出が少なめの水浴シーンを掲載したライフマガジンのインタビューが白眉——名声の移ろいやすさについて語った。

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1962年8月5日・日曜日——マリリン・モンロー死去

マリリン・モンロー
1962年8月5日・日曜日にマリリン・モンローが死体で発見される  Sunset Boulevard / Getty Images

 モンロー抜きで映画を復活させようとして何度か失敗したフォックスは、スターを呼び戻すことにした。25万ドルに大幅アップした報酬を餌に——当初の倍以上の額だ。当然、訴訟も取り下げ。モンローからの要求も呑んだ。キューカーをクビにし、10年近く前に『百万長者と結婚する方法』(1953)を撮ったジーン・ネグレスコに監督させろというものだ。7月25日・水曜日、皮肉にも、フォックスのエグゼクティブ・バイス・プレジデント、ピーター・レバティズがじきじきにモンローの自宅を表敬訪問した。モンローが解雇されたとき、レバティズは「スター・システムは始末に負えなくなった。患者に精神病院の経営を任せた結果、ぶち壊しにされたも同然だ」と発言し、多くの新聞や雑誌がこの発言を掲載した。

 ドナルド・スポトが1993年に著した伝記「マリリン・モンロー最後の真実」(光文社)によれば、レバティズは話し合いは友好的で、非常にポジティブだったと述べている。「これまでのフォックスのマリリンへの対応がしばしばそうだったように、我々は単に彼女を連れ戻そうと決めた。解雇は私に責任があったため、自分が彼女と再契約を結ぶ人間になりたかった。誰もいさかいは望んでいない。モンローは名前に傷をつけたくないし、誰かの破滅を望んでもいなかった。不幸そうにも、うつにも見えなかった……。しごく幸せそうで、クリエイティブで、脚本の手直しに発言権を持てると喜んだ。モンローは健康で、仕事に復帰するのを楽しみにしていた」

 1962年8月5日・日曜日、それから2週間も経たないうちに、マリリン・モンローが死体で発見される。その死亡状況は今もって論議の的になっている。公式な検死報告は「急性バルビツレート(鎮静剤)中毒」。それが自殺なのか、誤って過剰摂取したのか、あるいは他殺だったのか——以来さまざまな憶測が飛び交ってきた。モンローの演技に関するキューカーの気がかりとは対照的に、残された『女房は生きていた』のフッテージは、カメラの後ろで起きたトラブルを少しも感じさせなかった。それが意味するのは、もしモンローが生きていれば、映画は成功したかもしれないということだ。モンローは個人的な友人であるマーティンとの相性もよく、子役たちとの心温まるシーンは、流産した過去を振り返るとほろ苦さを帯びる。また、茶目っ気のある全裸の水浴シーンで証明したように、紛れもなく極上のボディをしていた。

 セクシー度の高い写真の権利を持っていたプレイボーイ誌は、モンローに敬意を払い、一年待ったのちに発表した。

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『女房は生きていた』はドリス・デイ主演で映画化された

女房は生きていた
モンローに代わり、ドリス・デイがエレン・アーデン役をつとめた『女房は生きていた』 20th Century Fox / Photofest / ゲッティ イメージズ

 20世紀フォックスは、『女房は生きていた』(原題:Something’s Got to Give)のお色直しをして『女房は生きていた』(原題:Move Over, Darling)(1963年)を製作した。マリリン・モンローに代わり、ドリス・デイがエレン・アーデン役をつとめ、ニック役はジェームズ・ガーナーがマーティンから引き継いだ。そして、ポリー・バーゲンがシド・チャリシーから交替してビアンカ役を演じた。マイケル・ゴードン監督は、キューカー版用に作られたセットを使い回しさえした。映画は1963年のクリスマスデーに公開され、1964年の大ヒット作の1本となった。

Original Text by ロビン・アスキュー/翻訳協力:有澤真庭 構成:今祥枝

「The Greatest Movies You'll Never See: Unseen Masterpieces by the World's Greatest Directors」より

次回は10月18日更新:スタンリー・キューブリックの『ナポレオン』前編です。

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